淡々と進む
ドラマCDの企画は淡々と進んでいます。
その辺に記号化されてしまった萌えの言葉を認めないわけじゃないし、売り上げ目標にはそういうものもどうしても必要だったりします。ドラマパートも音楽も淡々と進んでいくのが正直に言うと怖いですが、怖気づいているわけでもありません。自分の書いた台本が読まれて、音がつき、構築されていく様は見ていて爽快なんでしょう。
話が進んでいくにつれて、綿引篤子はただの綿引篤子じゃなくなるんだ。という言葉を受けて、一番怖くなったのは今までの皆さんとの距離でした。私は今まで支えてきてくれた、或いは叱咤してくれた方たちとどうなるんだろう。という気持ちが強くなったわけで。産みの苦しみはありますが、私は結局物書きでありたいわけでした。ずっとずっと過去に私はウェブデザイナーになりたいんだと言っていましたが、webの仕事をはじめてみて、やっぱり止めた。という気持ちより、ウェブデザイナーって。あほか。と思ったのですよ。少なくとも現場にはデザイナーなんていやしない。無いもの捻って出すしか無かった。それにプログラムも組めない自分がいたわけで、やっぱりあほか。の領域。
webの仕事をしながらも、私はやっぱり物を書いていたし、 それで仕事がちらほら入ったのも事実だったのですよ。趣味はどこまでいっても趣味なのかもしれない。そんなおめでたいように物事は運ぶはずはない。物書きとしても無名。どこまでも無名。でもただの綿引篤子じゃなくなるんだよ。という言葉を受けて、怖いのと同時に思うのです。
ああ、私もいい加減どこかにいかないといけないのかな。って。
えぇのんか、それでえぇのんか
私が書いた「大急ぎですいません、プロットもどきのようなプロットのつもり」が、とある大御所さんに読んでいただけたご様子。やはり沢山の台本を読んで演じてこられた方にお見せするということで、思い切り怒られるのを覚悟して、内心ガッタガタのブッルブルで正座をするつもりでお待ち申し上げる状態だったのですが、なんだか普通に話が進んでしまった感じがしました。いいんですか、それでいいんですか。
ちょっと興奮して言ってしまうと、それでえぇのんですか?
いま、ちょっと時間を作ってはこさえようとしているのはドラマCDだったりします。そして盛大に売り飛ばします。人生はギャンブルとしか言いようがないですわ。今まで色々試行錯誤してこさえてはきたものの、ドラマCDのシナリオが初めての私にとっては、いただいた脚本サンプルをぶつくさぶつくさと読むしか無いのです。で、こっそり時間を計る。で、また別の読み方でぶつくさぶつくさと読んでみる。で、時間を計ることの繰り返し。
万人受けするようなライトな感じを求められているわけでもなく、しかし購入層は絞りつつ。 売り飛ばすにあたり、万人には受けないと考えたときに私は少し震えあがるのですが、「私」が求められているものをきちんと提供すべきと考えておるわけです。いい役者さんたちと知り合えるきっかけでもあり、いい裏方さんたちとも知り合えるいいきっかけです。いいきっかけ、いい出会いはいい作品のヒントになってくれるであろうことを信じてやまない今日この頃。
いつもどこかでスタンドアローンだった、その中で自分と折り合いつけてひとりでやっつけやってたことを思い出すと、チームプレイの大切さを思い出すわけです。こういう空気はすごく張り詰めていて心地いいのです。今度は日曜日に打ち合わせしてきます。気張らないといけませんね。